書評「地域ケアを見直そう」備酒伸彦著、医学書院 岡本祐三
● 異色の「地域ケア」論であり,大胆極まりない一書というべきだろう。とにかく,この世界の既成概念や固定観念(著者の言うところの「思い込み」)を覆してやろうとする気魄に満ちている。そしてさらに,「頭を切り換えるほどおもしろいことはないですよ。皆さんもやってみませんか」と問いかける(「挑発する」の方がふさわしいかもしれない)。
● なにしろ本書の題名は「地域ケアを見直す」だ。しかし章立ての見出しはもちろん,本文にも,従来型の行政やらボランティアのかかわり論は一切登場しない。そもそも「地域云々」の言葉がほとんどと言ってよいほど出てこない。 ではこの問いかけは,いったい何なのだろうか?そこで読者がページを繰ってみると,著者が自分自身の認識の変革過程を率直にさらけだし,読者に追体験させるという手法が次々とち繰り出されて,まんまと著者のワナにはまる。
● まず著者は地域リハのこれまでの「思い込み」は「入院中にピークまで持っていったADLが,自宅へ帰るとどんどん低下する」だった。これまでの「地域ケア論」の本質は要するに家族支援であり,それを(家族ができそうにないことを)ケチケチと行政がしきる「福祉」が手助けするだった。
● しかし介護保険導入後,状況が一変した。自宅へ復帰後もADLが改善する例が急増したことを強調する。それは家族介護一辺倒だった在宅生活の世界に,各種プロフェッショナルの技術がどしとし入るようになったからであるという。
● そして著者自身の原体験である,十把一絡げの「お年寄り」扱いから ,「力強い」「個性」ある個人へという,ケアの対象者についての認識の転換を,様々な実例により紹介する。
● 著者の「既成概念ひっくり返し」の,真骨頂のエピソードの一つを紹介する。「出口を創るー窓ガラスの奇跡」(第6賞)だ。数年間寝たままだった老婦人のために,「外をみてみたいだろう」と考えて,ガラスの引き戸を上下「ひっくり返し」たところ,彼女は起き上がりばじめ,(ここからは著者から直接聞いた話し)外を通る近所の子供にお菓子をあげるようになったという。つまりご本人はがひたすら「与えられる存在」から「与える存在」にまで飛躍したという。ここでいう「出口」とは「可能性」のことだ。
● 著者の問いかけの本質は,実は「高齢者観の見直し」であり,ケアサービスに関わる人々個々の仕事を総称して「地域ケア」と規定し,そのような人々の,高齢者に対する「価値観の見直し」にある。日本社会に対する「高齢者観」の転換をも迫るものだ。
● 「地域ケア」「地域リハ」「自立支援」とは何なんだ,と考えている方々とって,本書はかっこうの導きの書となるだろう。語り口は洒脱で読みやすく,広く推奨したい。
2003.6 備酒氏より入手 (医学書院許可)