三重県、青山高原の裾野、藤田学園の原点
七栗サナトリウム 施設のあゆみ
ー管理者・医局員の変遷ー
病院管理者の変遷
ここには昭和62年に開院してから平成23年度までの病院管理者の移り変わりを一覧表で示します。 ☆病院管理者の一覧表
内科医局のこれまで
内科医局は専門科が循環器ではじまり、消化器・肝臓・老年等いろいろ得意分野が変わりました。その医局員移り変わりを一覧表で示します。
外科医局のこれまで
外科医局は開院当初より緩和ケアを続けて運営してきました。その間に体制は色々変わり、現在は外科・緩和医療学講座として本院にも講座を持つまでになりました。その医局員の移り変わりを一覧表にてご説明します。
リハビリテーション科医局のこれまで
リハビリテーション科医局は開院当初は温泉療法も進めていましたが、リハビリテーション棟建設のころよりFITプログラムの推進を進めてまいりました。その医局員の移り変わりを一覧表にてご説明します。
東洋医学医局のこれまで
東洋医学医局は開院当初片岡晃哉先生と鍼灸師がその当時理学診療科と標榜していた現在のリハビリテーション科に属していました。その後、体制の変化とともに途中より医師が不在になり現在は外科に属しています。
歯科のこれまで
歯科開設前までは、近医による訪問歯科診療が行われていました。2000年から1年間の準備期間を経て2001年に2日/週で始まり翌年には3日/週の診療となり2007年からは藤井歯科医師が常勤となり5日/週の診療となり現在まで続いております。
Copyright (C) 2012 Fujita Health University Nanakuri Memorial Hospital All Rights Reserved. design by tempnate